追悼記事 ホワイトベッセルのいない京都競馬場は

2017年という新しい年を迎え、今年の中央競馬開催初日となった1月5日。
中山競馬場、京都競馬場では例年通り金杯が開催された。
平日にも関わらず多くの競馬ファンが詰め掛け、盛り上がりをみせた両競馬場。
いつもと変わることなく競馬が開催され、うららかな競馬初めに思えた。

何事もなく無事に物事が過ぎたように見えても、その裏には大きな悲しみが潜んでいる……そんなことはよくある話で、実はこの日の京都競馬場での開催も、大きな2つの悲しみを孕んでいた。
1つは、京都競馬場のシンボルでもある池の白鳥がいなくなったこと。
理由は、全国的に広がりをみせる鳥インフルエンザだ。
京都競馬場の7羽の白鳥が死に、検査の結果、ウイルス感染が確認された。
感染拡大を防ぐため、残りの白鳥たちも殺処分という形がとられた。
こうして46羽すべてのコブハクチョウ・コクチョウたちが淀の池から姿を消したのだ。
JRAの担当者の方々も苦渋の決断だったことだろう。
京都競馬場の愛馬供養之碑には、白鳥たちを供養する卒塔婆が置かれていたという。


そしてもう1つは、誘導馬として活躍していたホワイトベッセル号が亡くなったことだ。
白い大型船と名付けられたホワイトベッセルは、その名を体で表していた。
現役出走時の最高馬体重は504キロという大柄な体格で、毛色は真っ白。
突然変異で誕生した白毛として有名な母シラユキヒメの2番仔で、父に芦毛のクロフネを持つ。
そんな白くならざるをえないような血統のもと、白毛馬として生を受けた。
妹には関東オークス・船橋のクイーン賞・TCK女王盃を勝利したユキチャンや、中央で好走してブチ柄でも人気のブチコなどがいる。
彼女たちの活躍もあり今でこそ白毛馬は注目されてきているが、ホワイトベッセルがデビューした当時はまだ白毛は弱いイメージしか持たれていなかった。
そんな白毛馬として、はじめてJRAで勝利をあげたのがこのホワイトベッセルなのである。
2007年4月、デビュー2戦目の舞台は阪神競馬場、ダートの1800メートル。
先行したホワイトベッセルは砂埃を浴びながらも、その白い馬体を躍動させた。
結果、直線抜け出し2着馬に1.1/2馬身差での勝利を収めた。
弱いと言われてきた白毛馬が、ついに中央初勝利をあげたのだ。
それを誰よりも喜んだのは、鞍上である川田将雅騎手だったかもしれない。
3歳未勝利というレースでガッツポーズをするほどなのだから、よほど嬉しかったに違いない。
ゴール後に感情を滅多に露にしない川田騎手も、このホワイトベッセルでの勝利は格別の思いがあったのだろう。
この勝利を含むJRA3勝という記録を残し、ホワイトベッセルは2011年にターフを去った。
そして時は流れ2013年。
京都競馬場にて、ホワイトベッセルの真っ白な美しい馬体に競馬ファンたちは見惚れていた。
これからレースに臨む競走馬たちをエスコートする役目の誘導馬。
それがホワイトベッセルに与えられた第二の馬生だった。
今度は競走馬としてではなく、誘導馬としてターフに戻ってきたのだ。
誘導馬は、誰もがなれるわけではない。
見た目の問題もあるが、何よりその性格で向き不向きが大きく分かれる。
人の言うことをきちんと聞けて常に平常心を保っていなければならない誘導馬という役割に、ホワイトベッセルの性格が合っていたのだろう。
ファンの撮影した写真や動画などを見ていても、その穏やかで優しい性格が伝わってくる。
時折首を振りつつも次から次へとやってくる人たちを受け入れているその姿からは、どれだけ多くの人にホワイトベッセルが愛されていたかも伝わってくるかのようだった。
京都競馬場の顔ともいえる、まさに会いにいけるアイドル的存在だったホワイトベッセル。
それがまさかこんな形でお別れをしなくてはならないなんて、一体誰が予想しただろうか。
金杯の日、わたしはテレビ中継を見ながらほんの僅かな違和感を覚えていた。
京都競馬場で先頭を歩く誘導馬に、芦毛や白馬が見当たらなかったのだ。
誘導馬といえば白い馬体、という固定観念は良くないなと思ってその時は流してしまったのだが、もしかしたら今思えばあれは偶然ではなく、ホワイトベッセルの死を悼んでのJRAの計らいだったのかもしれない。
今年の京都金杯は青毛のビートブラック、青鹿毛のスピードアタックが先導する形での本馬場入場となっていた。

あの日、ホワイトベッセルの姿がないことに気づいた人はどのくらいいただろう。
もし競馬場で見当たらなかったとしても、今日はお休みなのだろうとしか思わないかもしれない。
金杯の時点でホワイトベッセルの不在に気づいた人は殆どいないのではないだろうか。
ホワイトベッセルが1月3日に頸椎損傷で亡くなっていたというニュースが正式にアナウンスされたのは、8日になってからだった。
当たり前のようにそこにいてくれた存在でも簡単にいなくなってしまう日はやってくる。
そんな当然のことをわたしたちはよく理解できていないのかもしれない。
それは、考えたくないことかもしれない。
けれど人も馬も時間は有限で、いつかは別れる日がやって来る。
そのことを出来れば頭の片隅に置いておいて欲しいと思う。
それは、いつか来る別れの影に怯えるということではない。
今この瞬間を一緒に過ごせることをより大切に感じるためにも必要なことなのだ。

ホワイトベッセルのいない京都競馬場は、まだしばらくのうちは、寂しくその目に映るかもしれない。
そんな時わたしは、ホワイトベッセルと同じ時代を生きることのできた奇跡を抱きしめながら、あの優しいオッドアイを思い出す。
もう戻れない思い出の中で、美しく優しい白い馬はどこまでも颯爽と駆けていく。
ホワイトベッセルのその姿は、たくさんの白鳥たちと共に競馬界の未来をエスコートしていくかのように、わたしには見える。
文・笠原小百合
写真・ラクト