千六の鬼になれ~7週連続G1第2戦 マイルチャンピオンシップ~


「1マイルって何メートル?」
突然尋ねられたこんな問いにも、競馬ファンならば瞬時に答えられることだろう。
競馬をしているとよく耳にするマイルやハロンは、ヤード・ポンド法における距離の単位である。
1ハロンは約200メートル、8ハロンで1マイル。
そう、つまり1マイルは約1600メートルということになる。
それさえわかれば、この質問の答えも明白だろう。
「マイルの王者を決めるマイルチャンピオンシップの距離は?」
もちろん、1600メートルだ。

千六とも呼ばれるこの距離を生涯無敗とし、マイルチャンピオンシップを連覇した馬がいた。
わたしは彼を『千六の鬼』と呼んでいる。
金色に輝くタテガミと尻尾が美しい、尾花栗毛の短距離巧者。
タイキシャトルだ。
マイルチャンピオンシップは短距離戦線からも2000メートルなどといった中距離戦線からも、G1勝利を狙う有力馬たちが参戦するので好メンバーが揃いやすい。
例として、タイキシャトルと共にマイルチャンピオンシップを走った馬をみてみると、その豪華さに感嘆の息が漏れる。
稀代の逃げ馬サイレンススズカ。
息の長い活躍をした桜花賞馬キョウエイマーチ。
追い込みが印象的な、芦毛の怪物の異名を持つスピードワールド。
サンデーサイレンス初年度産駒を代表する1頭のジェニュイン。
日本競馬界悲願となる、日本調教馬初の欧州G1制覇を達成したシーキングザパール。
こうして挙げただけでも、現在にまで語り継がれる素晴らしい名馬ばかりだ。
そんな強力な好敵手たちを相手に、マイルチャンピオンシップ連覇を達成したタイキシャトル。
特に連覇のかかった1998年同レースの劇的なまでの圧勝には、目を見張るものがあった。

1997年同様キョウエイマーチが逃げる展開に、3・4番手の好位につけたタイキシャトル。
抜群の折り合いで道中は落ち着き払っている。
馬群の先頭で静かに身を潜めているその様子は、獲物を狙う世界最速動物チーターのように、自身の能力を発揮するその一瞬を今か今かと待っているようだった。
しかし、最後の直線に入ってもしばらく鞍上の岡部騎手は手を動かさない。
「もう少しだからな」そうタイキシャトルに囁くように、岡部騎手はじっと手綱を握りしめていた。
そして、残り2ハロンを告げる標識の少し手前。
そこでようやく追う体勢に入ると、前を走っていたキョウエイマーチをあっという間に捉え、タイキシャトルが先頭に立った。
そこからはもう、タイキシャトルの独壇場である。
格が違うとは、こういうことなのか。
世界の脚をまざまざと見せつけられた。
先行しながらにして、上がり最速を記録する驚異の脚には感服する他にない。
他の馬たちが2着争いにひしめき合っているのを尻目に、タイキシャトルただ1頭、別の競馬をしているようだった。
ひとり先頭でゴールするその姿が、まさに当時の日本の競馬界を牽引している姿のように見えたのは、わたしの思い込みや見間違いではなかったはずだ。
それは、タイキシャトル自身が出した結果をもって確かに証明された。
引退年となったこの1998年に、タイキシャトルは昨年に続き最優秀短距離馬に選出された。
それだけでは終わらなかった。
日本のみならずフランスでのG1勝利も評価され、年度代表馬となったのだ。
JRAの歴史の中で、はじめて短距離専門の馬が年度代表馬になった瞬間だった。
また、フランスの年度代表馬顕彰(エルメス賞)で最優秀古馬にも選出されるという功績も残した。
こうして全出走レース3着以内、13戦11勝(海外含む)という輝かしい成績をもって、日本競馬をリードしてきたタイキシャトルはターフを去った。

ちなみに、タイキシャトルのように最優秀短距離馬兼年度代表馬となるのは珍しいケースで、過去にマイル以下を主戦とする馬が年度代表馬になったのはタイキシャトルを含め3度しかない。
1頭は世界に誇る名スプリンター、ロードカナロア。
そしてもう1頭は昨年の年度代表馬、今年もすでにG1を3勝しているモーリスだ。

モーリスは秋のローテーションで天皇賞を選択し見事優勝。
次走は香港でラストランを迎えるという。
国内で走る姿がもう見られないのは少し寂しい気もするが、こうしてレースの選択肢が広がったことも、これからの日本競馬の可能性を感じさせることのひとつだと言えるだろう。
さて、そんな王者モーリス不在で迎える今年のマイルチャンピオンシップ。
勝者として君臨するのは一体どの馬なのか?
どんな勝ち方を見せてくれるのか?
楽しみな想像は尽きることなく、ファンファーレが鳴りゲートが開く瞬間まで、気持ちはどんどんと高揚していく。
「今年のマイル王決定戦も面白かった! 凄かった!」
そんな結末を思い描き、千六の鬼タイキシャトルのような強い競馬、面白い競馬を期待して、今週末に臨もうではないか。
勝負の時は、もうすぐそこまで迫っている。
文・笠原小百合
写真・ウマフリ写真班