サラブレッドは空を飛ぶ②

中山競馬場の大障害コース。

そこは日本の障害競走馬、騎手、陣営にとっての晴れ舞台。

全人馬が大竹柵・大生垣を無事飛越するたびに沸き起こる、暖かい拍手。
胸が熱くなる数々の名勝負が生まれた、栄光の華舞台。

 

その大障害コースは、年に2度しか使用されない。それは暮れの「中山大障害」と、春の「中山グランドジャンプ」の、春秋・障害G1 ( J-G1)の2度である。

 

「中山 J-G1馬って何だろう」

 

ふとそんな事を考えた。中山大障害を勝っていなくとも、障害騎手をして天才と呼ばしめるまでの飛越巧者はいる。

 

彼らはJ-G1馬と、何が違うんだ。

 

 

さて、2つのJ-G1は以前「中山大障害(秋・春)」という名称だった。
「大障害」……中山J-G1馬は、一言で言ってしまえば、
どんな困難な障害をも乗り越える「強い」馬なのだという結論にたどり着いた。

 

もちろん彼らは、高さ160cmの大生垣・大竹柵をこなす飛越力、バンケットや4000m以上をこなすスタミナなど様々な適性を有しており、障害競走馬として非常に優秀である。

そこに全く異論はない。

 

しかし、それだけではJ-G1馬にはなれない。

 

 

人を癒す優しい瞳を持った芦毛の障害馬。
真っ白な馬体に映えるつぶらな黒い瞳、グレーがかったタテガミや尾毛。こう言ってはなんだが、物見やまばたきをする姿までもが愛らしい。

 

彼のオーナーは、ご病気で一週間、意識不明に陥られていたという。
その走りを楽しみに元気を取り戻されたオーナーを、
彼は中山大障害の舞台で待っていた。

 

青空に映える真っ白な馬体が、160cmの大竹柵を、大生垣を、飛越する。過酷なレースのさなかどこか無垢な、少年のような姿で。

慎重な性格ゆえの確実な飛越と無尽蔵のスタミナが、彼の持ち味。

 

意識不明に陥られたオーナーに奥様がかけた言葉は、
「アップトゥデイトのレースを見に行くんでしょう!」であったという。

 

 

「J-G1馬とは何だろう」
と考える上で思い出した馬のうちもう1頭を紹介させて欲しい。

 

美しい飛越とルックス、パドックでの堂々とした立ち居振る舞いで人気を博した1頭の障害馬。

彼は、J-G1を取るために生まれてきたかのような、
中山に生きた障害馬であった。

 

中山でデビューし、中山大障害、翌年の中山GJを勝った王者。
彼の持ち味は、陣営も絶賛する飛越の上手さである。
皮肉にも彼の最期を語る上で、その飛越の達者さを語らない訳にはいかない。

 

2015年の暮れ、中山大障害。どよめきが起こった。彼が、復活に賭けたかつての中山J-G1の王者が、競走を中止した。

 

障害での競走中止と言えば、飛越に失敗して落馬……
そう思うだろう。彼の競走中止は飛越ミスではなかった。
彼の最期は鞍上を振り落とす事もなく、痛みに耐え、
3本脚で立ち尽くす姿だった。

 

沢山のファンの祈りは届かず、彼は助からなかった。

 

「飛越が美しい」

 

そう絶賛された J-G1馬としてのプライドか、限界を迎えた脚で……最期まで彼らしい美しい飛越を見せ、かつて栄華を極めた中山の大障害コースへ散っていった。

 

中山競馬場へ行かれる際は、
馬頭観音にお参りしては如何だろうか。
中山の華舞台の似合う名ジャンパー・アポロマーベリックは、今でも競馬ファンを、障害ファンを迎えてくれるはずだ。

 

 

他にも紹介したいJ-G1馬は大勢いる。
中でも真っ先に浮かんだのはメルシーエイタイムだった。
しかし胸が詰まって言葉に出来ず、申し訳ないが割愛させて戴きたい。

 

彼の生涯については是非とも調べて欲しい。
そしていつまでも覚えていて欲しい。人馬の垣根を越え、彼が私達に教えてくれた事はあまりにも大きかった。

 

様々なJ-G1馬を紹介したが、やはり人知を超えて「強い」馬が勝つのが中山大障害コースなのだと思う。
そして勝ち馬のみならず、出走馬は皆、たどり着くべくしてその舞台にたどり着いた、選ばれし障害馬なのだ。

 

 

是非、中山大障害、中山グランドジャンプを現地で見て欲しい。
全人馬が障害界の頂点を目指す晴れ舞台。
「全人馬、無事飛越」に対する暖かい拍手。

 

ファンが障害レースに求めているであろうものが全て、そこにある。

文・川井旭

写真・がんぐろちゃん